コミュ力って発信能力じゃなくて、受信能力で決まる。

コミュニケーション能力をコミュ力なんて言うようになって久しいですが、今回はそのコミュ力について。

なんで急にそんなことを考えたのかというと、内田樹さんと三砂ちづるさんの「身体知」を読んだから。めっちゃ面白かったです。特に三砂さんの考えは新鮮ものばかりでした。

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コミュ力≠伝える能力

出会って間もない人と友人のように話すことができる人を見て、コミュ力高いね!と言ったり、面と向かって質問しても全然返答がない人に対して、コミュ力低いなぁ・・・と思ったりする。これって結構一般的な反応ではないですか?

でも、これってその人の情報発信の仕方だけを評価しているんですよね。

もしかしたら、出会って間もないその人は「馴れ馴れしいな、コイツ・・・」と思っているかもしれない。それを読み取れず、友人のように話してしまう人はコミュ力が高いのか。

質問したのに沈黙を続ける人は実は何かを伝えているかもしれない。実は、それを読み取れていない自分こそコミュ力が低いとも考えられます。

そんな風に考えると、「コミュ力=何かを上手に伝える能力」としてしまうのは間違いで、むしろ、その逆の「読み取る能力」こそが大切なんじゃないか、と思うのです。

コミュ力=ノイズ受信力

人間が一番最初に発する声は生まれるときの泣き声ですよね。これって完全にノイズですよ。

でも、母親はその泣き声をもとに赤ちゃんの意思を読み取ろうとします。そして、驚くべきことにしっかりと読み取ってしまいます。

少々極端な例を出しましたが、これこそ高度なコミュニケーションの様子で、母親はコミュ力が高いと言えるんじゃないでしょうか。

うまく言葉にできないけれど伝えたいことっていうのは、案外言葉にならずとも身体の外ににじみ出ているものです。それを上手に読み取る能力がコミュニケーション能力です。

伝えたいシグナルと言葉にならないノイズがある場合、ノイズの少ない鮮明なシグナルを発信できるとコミュ力が高い、なんていうのはちょっとおかしいですよね。

聞き手は、クリアなものしか受け付けない、ノイズ混じりの言葉は聞き取らない。話し手は、言葉にならない感情を排除し、文字に書き起こせるような表現しかしない。この状況で豊かなコミュニケーションができるとは思えません。だって、行き来する情報量が半減しるんですから。

コミュ力付けたければ、五感をフルに使って受信する

そんなコミュ力、どうやって身に付けるの?と思いますよね。僕も先ほど紹介した本を読んでいて思いました(笑)

答えは簡単です!(実行するのは少々難しいですが・・・)

  • 相手の様子を五感全てを使って受け入れる
  • 意味不明な情報(ノイズ)も快く受け入れる

の2つが重要なようです。

コミュニケーションを言葉のやり取りと思っていると、どうしても「聞く」という姿勢になりがちですが、実際は「見る」ことも同じくらい重要です。もっと言えば、相手が作った料理の味や握手したときに力み方にも読み取れることはたくさんあるはずです。味覚や触覚も大切だということですね。

しかし、五感を使ってインプットの幅を広げても、入ってくる情報を「意味が分からん」と切り捨てていてはダメです。意味が分からなくても、興味を持って快く受け入れる。理解はその後でも問題ありません。「あなたのノイズ、何でも受け入れますよ!」という姿勢が相手に伝われば、最高のコミュニケーションの場が生まれるでしょう。きれいに伝えるために情報を排除する必要がないと、未加工に近いメッセージを相手が送ってくれるようになるからです。

まとめ

なんだか偉そうにコミュ力について書きましたが、どれも日頃から思っていたことです。

コミュニケーション能力は大切ですが、よりよい理解をした上で鍛えていきたいですね。

そして、鍛えるにしても、数日や数週間で身に付くものでもないと思うので、何年も掛けて磨いてく心構えで、焦らずじっくり取り組むものがいいかもしれませんね。

僕自身、コミュ力高いとか言い難い人間なので、頑張ろうと思います(笑)

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